はじめに(編集部・田尻より)
フリーランスという働き方に、多くの人が「自由」や「華やか」といった理想を抱く。しかし、本当にそうなのでしょうか。
今回お話を伺った廣瀬さんは、家業を離れIT業界で7社を渡り歩き、事業責任者として上場達成にも貢献した末に独立した、まさに実力派のフリーランスです。しかし、彼の口から出たのは「フリーランスは正直、おすすめしない」という意外な言葉でした。その言葉の裏には、会社員時代から貫いてきた徹底したプロ意識と、独立後のリアルな現実が。「独立は勧めない。でも、"独立準備"の心構えで働くことで、キャリアは何倍も意味を持つ」。彼のキャリアジャーニーから、すべてのビジネスパーソンが明日から実践できる、仕事への向き合い方を紐解いていきます。
インタビュイー:廣瀬さん
家業の建設会社を離れIT業界へ。7社で事業責任者等を歴任し、上場達成にも貢献。2021年に独立し、現在はコンサルタントとして複数企業の事業グロースを支援している。
インタビュアー:田尻(フリーランススタート編集部)
「フリーランス」という働き方のリアルを届けるべく、最前線で活躍する方々を取材。キャリアに悩む人の背中を押すコンテンツを企画・制作している。
【1】安定した家業を離れ、ITの世界へ。「事業成功」を転職の合図にしていた20~30代。
▼大学卒業後、実家の建設会社を継いだが、業界構造・将来性に疑問を感じITの世界へ。
▼キャリアの転機はスタートアップでの5年間。「他社を支援し、成功させる」ことに喜びを見出し、現在の活動の原点となる。
▼「携わる事業が成功したら次へ」とルールを課し、意図的に7社を経験。様々な商材・業界の知見を深めていった。
――本日はありがとうございます。まずは廣瀬さんのキャリアの原点からお伺いしたいです。新卒ではどのようなお仕事を?
参考になるかわからないんですけど、僕、就活をしてないんです。実家が建設会社を経営していて、大学卒業後は当たり前のように、そこに入りました。
――そうだったんですね!では、そこからIT業界へ転職されたきっかけは何だったのでしょうか?
実家の建設業は公共事業が中心で、安定的に仕事が入ってくる環境ではありました。しかし、頑張ってもなかなか変えられないことも多く、「このままでいいんだろうか」とどこか違和感もありました。
一方で、学生時代にホームページ制作やデータベースに触れた経験から、『やった分だけアウトプットが出る』ITの分野にすごく面白さを感じていたんです。知的好奇心を満たせるITの世界に強く惹かれて、家業を離れる決心をしました。
――大きな決断ですね。そこから独立までに7社を経験されたと伺いました。特にキャリアの転機になった経験はありますか?
2006年から5年間在籍したスタートアップ企業での経験ですね。BtoBtoCのビジネスモデルで、クライアントのサービスをグロースさせたり、ユーザーを増やしたり、他社を支援して成功させることに、ものすごく楽しさを感じたんです。これが『自分でいろんな企業さんを支援したい』という今の活動の原点になっています。
――その会社で、目標となる方との出会いもあったとか。
はい。42歳で役員として活躍されている方がいて、その姿にすごく憧れました。漠然とですけど「自分も40代くらいで独立したい」と、意識するようになりましたね。そこからでしょうか。『携わる事業が成功したら、次のステージへ行く』というイメージで、意図的に転職し、7つの事業会社で複数の事業・サービスに関わっていきました。さまざまな経験を積む手段として、良い経験だったと思います。
廣瀬さんのこれまでのキャリア
大手SIerグループ (キャリアの原点)
SIer/ヘルプデスクとしてITの基礎を学ぶ。モバイルインターネットの勃興に面白さを感じ、自社サービス開発への興味が湧く。
モバイル向けサービス企業
モバイル向け動画サービスのソリューション担当を経験。スマホへの移行期を経て、事業全体を本格的に学びたいと考えるように。
大手事業会社
買収事業のグロースを担当し、事業を成功させる。「事業の回し方」を学び、独立への期待値が大きく高まる。
複数事業会社
EC事業やインサイドセールス組織の立ち上げを経験。より裁量権の大きい、ミッションドリブンな環境を求める。
大手IT企業グループ
事業責任者としてサービスのグロースと黒字化をミッションとし、MBO(経営陣による自社買収)達成に貢献。
IT事業会社
事業責任者として自社サービスの黒字化と上場を達成。これまでのキャリアの「答え合わせができた」と確信する。
独立(2021年〜)
法人も設立し、CMOやPDM伴走支援、新規事業プランニングなど多様な企業の支援を行う。
【2】拘ったのは「経営視点」。独立準備の心構えが、会社員時代をフリーランスへの"修業期間"に変えた
▼東日本大震災を機に、独立への夢が明確になる。
▼独立に必要な経営戦略や組織論を学ぶため、リクルートグループ等へ転職。独立を前提とした戦略的なキャリアを歩む。
▼「いつか独立する」という未来からの逆算。その心構えが、会社員時代を濃密な"修業期間"へと変えた。
――独立への思いが明確になったのは、いつ頃だったのでしょうか?
震災を受けて、『後悔しない生き方をしたい』と強く思ったのが転機です。一つの会社にずっといて定年を迎えるのではなく、会社の看板がなくても『廣瀬さんだから』と信頼されて仕事をもらえるようになりたい。そうした想いが強くなりました。
――夢を叶えるために、具体的にどのような行動を?
まずは、自分に足りないスキルを冷静に分析しました。スタートアップでの経験は良くも悪くも自己流だったので、組織計画や経営戦略、マネジメントといった体系的な知識を学ぶ必要があると感じ、リクルートグループへの転職を決めたんです。『うちでは何でもできる』という環境は、まさに独立前の"修業"に最適でした。
――なるほど。独立を前提とした、戦略的なキャリア選択だったのですね。
そうですね。転職活動も、エージェント経由は7社のうち2回だけで、ほとんどが企業からのスカウトでした。『事業会社で、事業を動かすポジションに就きたい』という軸が明確だったので、企業からのオファーと自分の希望がマッチしやすかったんだと思います。一貫してこだわったのは、『数字を見られるポジション』に身を置くこと。事業責任者や新規事業の立ち上げ担当として、常に経営に近い場所でスキルを磨き続けました。
――まさに「独立準備」ですね。
はい。独立してクライアントを支援する側になった時、絶対に必要になるスキルだと思っていましたから。会計知識もこの頃に身につけて、今も確定申告は全部自分でやっています。『いつか独立する』という未来からの逆算。その心構えが、会社員時代を、単なる労働期間ではなく、目的意識に満ちた濃密な"修業期間"へと変えてくれたんだと思います。
【3】事業成長の末、上場達成。そして、いよいよ独立へ
▼2018年に入社した企業で上場を達成。自身のスキルセットに対する「答え合わせ」ができた。
▼コロナ禍によるリモートワークの普及によって「独立しやすくなった」と感じ、2021年からの独立を決断。
▼フリーランスとして「いろんな事業・サービスに携わりたい」という軸を貫き、常に複数の案件を並行して手掛ける。
▼長期的な信頼を得る秘訣は、「外部の人間だからこそ、空気は読まない」という哲学。言うべきことを率直に言う姿勢が信頼に繋がる。
――会社員としてのキャリアの集大成ともいえる、上場を経験されたと伺いました。
はい。2018年に入社した会社での経験です。その会社は上場を目指していたんですが、肝心の自社サービスが伸び悩んでいて。『これをなんとかしてくれないか』と声をかけていただき、入社を決めました。マーケティング、戦略、マネジメント…これまで培ってきた全てのスキルを総動員して、自分の力がどこまで通用するのか、『答え合わせ』ができると思いました。
――その「答え合わせ」の結果は、いかがでしたか?
おかげさまで、2年後にJASDAQ(ジャスダック)市場への上場を果たすことができました。自分のキャリアに確かな手応えを感じた瞬間でしたね。ちょうどその頃、コロナ禍でリモートワークが一気に普及し、『独立しやすくなったな』と感じたのも大きな後押しになりました。そして2020年末、会社を辞めて独立の道を選びました。
――フリーランスとして、働き方へのこだわりはありますか?
『いろんな業界業種を見たい』と思ってフリーランスになったので、その軸は絶対にブラしたくないですね。だから、たとえ高単価でも一つの案件に80%コミットするような働き方は断っています。常に複数の案件を並行して手掛けることで、より多くの事業・サービスに携わり、自分の経験価値を最大化したいんです。
――クライアントと長期的な信頼関係を築く秘訣は何でしょうか?
僕、たぶん『言いたいこと』を言ってる方だと思います(笑)。ダメなものはダメ、と。外部の人間だからこそ、空気を読まずに言うべきことを言う。プロセスをごまかさず、本気で成果を追求する姿勢が、結果的に信頼に繋がっているのかもしれません。
――フリーランスが悩みがちな単価交渉については、どうお考えですか?
結局は『コンサル』をするしかないんです。単に広告運用します、コーディングします、では単価は上がらない。『事業をこう成長させ、売上をいくらにします。それに対して、僕のこの報酬は安くないですか?』と提示できるかどうか。そのためには、日頃から数字で成果を出し、事業全体を俯瞰する視点が不可欠です。
【4】「独立は勧めない」。その言葉の先にあった、新たな自己実現の形
▼フリーランスになって驚いたのは社会保険料の高さ。法人設立で税負担を最適化した。
▼営業から実務、レポートまで全て一人でこなす必要があり、ハードなので正直フリーランスは勧めない。
▼ただし、「いつかフリーランスになる」という心構えで働くことは推奨。プロ意識を持って結果を出す経験が、本物の自信に繋がる。
▼今後の夢は、仕事で日本中を飛び回り、地方企業を支援すること。50歳以降は事業主体への移行も視野に入れる。
――フリーランスになって、何か想定外のことはありましたか?
一番驚いたのは、社会保険料の高さです。『こんなに高いの!?』って。これは本当に想定外で、すぐに法人を設立して所得を分散させることで対応しました。この現実は知っておいた方がよいかもしれません…。
――だからこそ、安易に独立を勧められない、と。
はい。正直な話、フリーランスはおすすめしません。クライアント企業の社員の方から『廣瀬さんみたいになりたい』と相談されることもありますが、『やめなさい』って言ってます(笑)。ハードではあります。案件獲得の営業から、実績のポートフォリオ作成、日々のコミュニケーションとレポーティングまで、全部自分一人でやらなければならない。仕事が楽になるわけでは決してない。相応の覚悟が必要です。
――厳しい言葉ですが、非常に誠実なメッセージだと感じます。
ただ、『いつかフリーランスになる』という心構えで、日々の仕事に取り組むことは、強くおすすめします。会社員であっても、常にプロ意識を持って結果を出す。会社の看板ではなく、自分の実力で評価される経験は、本物の自信になります。その自信こそが、将来どんな道を選ぶにせよ、あなたのキャリアを支える土台になるはずです。
――最後に、廣瀬さんのこれからの夢を教えてください。
仕事で日本中を飛び回りたいですね。地方の面白い企業さんや自治体の支援をして、直接会いに行ったり、現地のものを見たり。そのために、空港にオフィスを借りようかと計画中です。あとは、50歳を一つの節目と考えています。年齢を重ねると、今のような働き方が難しくなるかもしれない。だから、それまでにはECサイトを買収したり、実業に経営参画したり、自分が事業主体となるキャリアへ移行したい。常に変化し続けないと、この世界では生き残れませんから。
まとめ(編集部・田尻より)
「フリーランスは勧めない」――。廣瀬さんの言葉は、独立を目指す人々にとって、冷や水であると同時に、最も誠実なエールなのかもしれない。
彼のキャリアは、独立がゴールではないことを教えてくれました。会社員時代の一つ一つの選択、一つ一つの経験が、すべて未来の自分を形作るための「準備」。
「いつか独立する」というプロ意識を持って、今日の仕事に取り組んでみる。会社の看板に頼らず、自分の名前で価値を生み出せているだろうか。そう自問自答することから、あなたのキャリアは、もっと面白く、もっと意味のあるものに変わっていく…かもしれません。













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